筍の黒糖胡桃味噌和え

伯母が筍を掘ってきたというので、有難く頂戴致しました。
元々、母の方に電話があり、今日中に取りに来れるかどうか言われたので、無理と答えておきました(笑)。
取りたてなら生でも食べられますが、取ってから1日置いてしまったもの。
更に、翌日となれば、どんどんえぐみが出てきてしまいます。

そんな訳で、下処理は母にお願いしておきました。
旦那が筍が好きではないので、お持ち帰りしたのは2個です。
十分大きなものなので、これから1人で消費しようと思います。
旦那は夜は家にいないので、しばらく私の夕飯が筍尽くしになるかもしれませんf^_^;

ちょっと太く切り過ぎましたね…。
もう一度茹でた筍を、黒糖胡桃味噌和えにしました。
筍は木の芽和えが美味しいですが、これも絶対に美味しいだろうと思ったのです。
ええ、ものすごく美味しいです!
これが食べられない旦那って、ちょっと可愛そう。

旦那の祖母の家には裏山があり、筍が生えていたそうです。
この時期になると大量に祖母が茹で、あの匂いが充満する部屋が嫌いで、筍嫌いになったのだとか。
美味しいのになぁ。
若筍煮とかもめちゃくちゃ美味しいのに!

そうだ、今度チンジャオロースを作ろう。
最近食べていなかったので。
たまには中華もいいですよね~。

そういえばこないだアメリカのドラマを見ていた時のこと、役者さんの顔のアップが映るのですが、目が薄い青をしてとてもかっこよかったんです。
私もあんな目をしていたらな~と思ってカラコンを着けてみようと思い探してみましたがカラコンって意外に高いんですね・・・
というわけでネットの通販でカラコンを探してみると安い。
早速注文してまだ手元には届いていないのですが、届くのが楽しみです!

 

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娘を通して思い出した理想の母親像

私の母は、よく動く人で、掃除や炊事など家のことは全て完璧にできる母でした。
私もそんな母の血を受け継いでいるはずなのですが、
そんな母に頼り切って生きてきたためか、
母とは逆に私は掃除や炊事はあまり得意ではありません。
しかし結婚した今、苦手だからと言ってやらないわけにはいかないので、
とりあえず・・・という形で家事をしてきました。

そんな中、娘が私のする事に興味を持つ年頃になりました。
「今からトイレの掃除をするから」と言った途端、娘が「やりたい」と言ってきたのです。
他の場所も掃除したかった私は、初めて娘にトイレの掃除をしてもらうことにしました。
(決してラクをしようとしたわけではありません)
初めてトイレブラシを持った娘はとても嬉しそうで、
私の言う通りまずは便器から磨いてくれました。しかもかなり丁寧に。
私なら、もういいかなと思って終わっている時間でも、まだ頑張ってくれていました。
その後も便器の中だけでなく、ちゃんと周りを拭いて、
カバーを付け、ちゃんと最後までトイレ掃除をしてくれました。
それを見て、私は適当にやっていた自分の姿を思い出し、少し恥ずかしくなりました。
娘が掃除をしてくれたトイレは、とてもキレイに見えました。

私は子供が産まれたとき、自分の母親のような母になろうと強く思いました。
娘が産まれる2週間前に母が亡くなったからです。
しかし数年経ち、いつしかそんな気持ちも薄れてしまい、
ただ毎日を過ごすだけになっていた私をとても反省しました。
初めて娘にやってもらったトイレ掃除は、
私の忘れてしまっていた気持ちを思い出させてくれました。

今日、私は一人でトイレ掃除をしました。
もちろん今まで以上よりも丁寧に。
母は亡くなる前に、私の子供として生まれ変わると友人に話していたそうです。
もしかしたら最近の私を見て、母が叱咤してくれたのかもしれないと今では思っています。
これからは何事に対しても手を抜いたりすることなく、しっかりしなければならないと思い直しました。

家事同様、仕事も頑張る気になりますね。
これから電話代行の仕事が始まるのです。
手抜きというわけにはいきませんし、やっと掴んだ仕事ですから、クビにならないよう必死に頑張ってきます。
娘を見習って、明日も頑張ろうっと。

 

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雨の日と少しずつ近付く季節

本日は、啓蟄だ。
新聞の天声人語でも、啓蟄には触れられていた。

小学校の低学年の理科のテストで、
「どうして虫は春になるとでてくのでしょう」という問題があった記憶がある。
あの時はただ、
習った通りに「暖かくなるから」(小学校だったから、平仮名で書いたか)と書いた。
至極簡単といういか、そう言われたからそう書いた。
というか、生まれて6回・7回目に見る春の様子から、そういうものだと理解していた。

季節の変わり目には雨が降る。
雨上がりに湿った土の匂いが立ち昇り、空き地にタンポポが濃い緑の葉を大きく広げ、
鮮やかな黄色の花を咲かせると、子ども心に春だなぁと思った記憶がある。

この年になると、朝会う人との最初の会話が、
「今日は寒いですね」とか「雨ばかり降りますね」とか、
「今日は昨日よりは少し暖かいですね」と天気や気温の話ばかりになる。

それに反比例して、季節には疎くなってきたと感じる。
見るのは天気予報で、周囲の雨や土の匂い、咲き始めた花ではなくなった。
子どもの頃、あちこちに座り込んで虫や花を見ていたけれど、
今はとてもそんな好奇心はない。

それでもこうして寒く長い、
(といっても、実際には、年の四分の一くらい)冬が終わり、
天気がよく、暖かい日がやってくると、私でもなんとなくそわそわする。
花粉の時期が去れば洗濯物も布団も外に干して、買い物に出掛ける。
歩いて行くのもいいし、自転車でもいい。
暖かいと、とても動きやすい。街に出ると、人が沢山いる。
冬の間はどこか閑散としていた通りも、お店の中にも本当に人が多くなる。
虫も、動物も、人間も、暖かくなると、みんな出て来るのだと思う。
その話を以前友達にすると、冬は私も冬眠しているようなもので、
ずっと家にいるよ、と言っていて、笑った。

天気予報に併せて、雨の後の天気で、季節の変わり目を感じてきた。
ああ、これから暑くなるな、とか、また寒くなるのか、と覚悟というか、
季節を受け止める気持ちの準備をするが、
不思議と、いつでも、季節の変わり目は新鮮で、どこか嬉しいと感じる。

 

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